2011年7月27日水曜日

シリーズ第二弾のご紹介 その2


「生きる技術!叢書」第二弾の二冊、
『自分イノベーション』
『ロングトレイルという冒険』
は明日、7月28日(木)発売です。

先日、担当から『自分イノベーション』(林志行・著)を紹介させていただきましたが、
本日は、もう一冊の『ロングトレイルという冒険――「歩く」旅こそぼくの人生』(加藤則芳・著)についてお話させていただきます。

店頭でみると、もうちょっとハッキリ鮮やかなカバーです。

本書の著者・加藤則芳氏は、自らを「バックパッカー」と称し、世界各地を歩きながらアウトドア・フィールドの紹介や自然保護に関する活動を主とされています。バックパッキングとは、<ヒッチハイクをして各地を放浪する>という日本的な意味ではなく、<必要最小限の生活道具一式を担ぎ、自然回帰を目的として生きる>アメリカ発祥の思想。

それを体現するバックパッカーとしての著者による、自然のなかに何日、何ヵ月も身を置き、歩きとおす、そのスピードのなかに見出す生き方や実践が本書にはこめられています。

主なフィールドは、アメリカ。雄大な自然を謳歌できる広大な国立公園などがよく知られていますが、この国には世界的に有名な三大ロングトレイルがあります。340キロにわたり自然の風景展開を楽しみ歩くジョン・ミューア・トレイル、ヨーロッパ系の移民にとって聖地巡礼の意味をもつアパラチアン・トレイル、ロッキー山脈主脈部をたどる最長5200キロトレイル、コンチネンタル・ディバイド・トレイル。

本書では、多くの人を魅了してやまない、これらロングトレイルをはじめとしたさまざまな縦走の体験と風景、自然の奥深さを著者は伝え、そして日本でも胎動をはじめたトレイルの魅力を自らの体験を基に紹介していきます。

また、ノースフェイス、グレゴリーやL.L.Bean、ケルティーほか、アウトドアブランドの装備(だれもがひとつは持っているアイテムではないでしょうか??)に宿る精神というさまざまな人々がつないできた思い、さらには尾瀬、小笠原をはじめとする日本の国立公園の歩き方や実践的森歩きのコツも描かれます。

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頂上をめざす登山とは異なる趣きの「ロングトレイル」ならではの山や森の楽しみ、醍醐味を第一人者のことばで堪能してみてはいかがでしょうか??

そして、真夏のいまこそ、日焼けをおそれず1人で家族で、山へ森へ、そして荒野へと足を向けてみませんか?

◎加藤則芳氏オフィシャルサイト
[Backpacker's Almanac]

編集部A山

2011年7月24日日曜日

プリンストンでご近所の公共哲学について考える Vol.3


エイミー・ボロヴォイに聞く、ご近所の公共哲学!
小川仁志

──小川先生のプリンストンレポート第三回。今回は文化人類学者、エイミー・ボロヴォイとの対話です。哲学と文化人類学、アプローチは異なるお二人の目指すところに、はたして一致点はあるのか?


 今回は文化人類学者のエイミー・ボロヴォイ(Amy Borovoy)との対話をご紹介したいと思います。ボロヴォイはプリンストン大学の東アジア研究所の准教授なのですが、大学きっての日本通として有名です。実は今回彼女と対話をする前に、何人もの人から紹介を受けていました。もちろん日本での留学経験も豊富で、日本語も堪能です。

エイミー・ボロヴォイとご近所について語る

 彼女を有名にしたのは、『The Too-Good Wife(良すぎる妻)』というタイトルの著書です。これは日本の妻を通して、戦後日本の社会を分析した良書といえます。そんな彼女が現在取り組んでいるのは、なんと日本のコミュニティ分析なのです。それを聞いて、どうして誰もが彼女を紹介してくれようとしたのかよくわかりました。

 そんなボロヴォイと、例のごとく『日本を再生!ご近所の公共哲学』片手に、公共哲学してみました。まずボロヴォイがコメントしたのは、ご近所にこだわるというのが、いかにも日本的だという点です。たしかにアメリカ人は個人主義で有名ですから、あまりご近所を重視しているとはいえません。ただ、この本の中でも触れているのですが、2001年の同時多発テロの際、アメリカは国中がご近所のようになって助け合ったはずです。それ以来、ご近所の大切さに気づいたはずではなかったでしょうか。そのように問いかけると、ボロヴォイは、「1週間ほどはね」と返してきました。

 それでも引き下がることのできない私は、ロバート・D・パットナムの『孤独なボウリング──米国コミュニティの崩壊と再生』という本を引き合いに、アメリカでもコミュニティの再生が求められているという主張を繰り返しました。つまり、昔はコミュニティ対抗で行われていたボウリングが、今では個人が楽しむスポーツになってしまっていることからわかるように、コミュニティが衰退の危機にあるというのです。

 ボロヴォイはパットナムの主張に一定の理解を示しつつも、旧来のコミュニティをそのまま復活させることには批判的でした。というのも、コミュニティを維持するためには、日常誰かがその仕事を担う必要があり、とりわけ専業主婦がそれをやるということになると、ジェンダーの視点から問題が出てくるというのです。

 これに対して私は、高齢化の進む日本では、高齢者がその役割を担うことができるし、また、できるだけ誰もがコミュニティにかかわることのできる仕組みをつくっていく必要性があると訴えました。

 ここでわかってきたのは、コミュニティの再生が必要であるという部分については、ボロヴォイも賛同しているという点です。問題は、それをいかにして旧来の息苦しい共同体に逆戻りさせることなく行うかです。

 そこで、私の「シェアリング・コミュニティ」という提言について紹介しました。『ご近所の公共哲学』の中でも核となっている部分です。つまり、息苦しい濃密なコミュニティではなく、新しい親密さを伴ったコミュニティを構築するには、以下の三つの条件が必要だと考えます。(1)認知、(2)ミニマムな情報共有、(3)暗黙のコンセンサスです。

 昨年来の無縁社会問題や、このたびの災害時の助け合いを見ても、必要最小限のコミュニティの機能を回復することは、喫緊の課題といえます。その際、挨拶程度の認知が日頃なされており、向こう三軒両隣の家族の情報が共有されており、かついざという時には助け合うという暗黙の了解が相互にあれば、少なくとも人命が失われたりするような悲劇を避けることはできると思うのです。

 ボロヴォイにこの三つの条件について感想を聞くと、基準が曖昧な気がするという答えが返って来ました。そして、ややもするとこれらの条件は一線を越えてしまい、容易に旧来のコミュニティに逆戻りしてしまうのではないかというのです。なかなか鋭い指摘ですが、ではどうすればいいのかという質問に対しては、明確な答えがありませんでした。それほど困難な問題だということでしょう。

 それゆえに私は実践が必要だと感じています。基準は実践の中で磨かれるものです。公共哲学が単なる抽象的な学問ではなく、優れて実践的な学問だといわれる理由がここにあります。こういう困難な現実に積極的にかかわることではじめて、公共哲学は実を伴いうるからではないでしょうか。

 今日のボロヴォイとの分野を越えた対話も、そのような実践の一つといえます。哲学と文化人類学、アプローチは異なるものの、目指すところは同じです。よりよい社会をつくるために何ができるのか。また一つヒントが見えてきたような気がします。
 

2011年7月22日金曜日

シリーズ第2弾 見本できあがりました


 「生きる技術!叢書」の新刊2冊『自分イノベーション──問題発見・解決の究極メソッド』と『ロングトレイルという冒険──歩く旅こそぼくの人生』の見本があがってきました。

 第1回配本の3冊が、哲学・思想・宗教という「人文系」のテーマを扱ったものだったのに対し、今月の2冊はガラリと様相を変えています。就活中の学生、社会人若葉マークの方々にぴったりのステップアップテキストと、数々の山を踏破してきたアスリートの経験知をつたえるエッセイの2冊です。

 まずはそのうちの1冊、『自分イノベーション』について、担当編集A藤からご紹介を。


 世の中にはいま、ロジカルシンキング、企画書の書き方、問題解決法、地頭力を鍛えろ、MBA資格をとれ……といったテキストがあふれていますが、その多くは対症療法的なノウハウを伝えるものがほとんどで、そこで想定されているシチュエーションでは有効かもしれないけれど、別のシチュエーションでは対応できなかったりと、汎用性が低いもののように思えます。

 そうした対症療法的なテキストではなく、考える際の土台を作るための基本の姿勢、作法、生活習慣、などを説くテキストはないものか、という声に応えたのが本書です。

 著者の林先生は、日本のシンクタンクの草分け、日本総合研究所の創立メンバーで(同期には田坂広志さん、飯田哲也さんが)、企業・官庁・自治体に向けたコンサルティング、調査、政策提言等に携わる一方、ビジネススクールにて人材育成にも尽力してきた方。

 現在は、早稲田大学大学院 創造理工学研究科にて、「グローバル時代に世界に通用する若者を育てる」をモットーに、教鞭をとられています。

 この本では、そのシンクタンク~ビジネススクールで長年培われた、いわば秘伝中の秘伝とも言うべき人材育成カリキュラムを、惜しげもなく公開しています。

 時間の使い方、必要な情報の下調べの方法、調べた内容のリスト化・序列化・構造化、データの使い方と置き換え、プレゼンテーションの方法……などなど、いますぐ実践できるメソッドがこれでもかというくらい詰め込まれています。

 なかでも、「のりしろ」と「のびしろ」/自分自身の「棚卸し」/まずは「やりなはれ」/ステークホルダー(構造分析)とイシュー(時系列分析)/天才になるまでの1万時間/まずは宣言すること/パーセントでとらえる……といった独特の手法は、他では学べないユニークなもの。

 就活中の学生はもちろん、社会人1年生、2年生、キャリアアップを目指す中堅会社員、子育て期間が終わり復職しようと考えている女性、などに読んでいただきたい本、7月29日発売です。

 また、ご多忙の合間をぬってのツイッター「linsbar」も、ときに脱力系ダジャレあり、ときにシリアスな分析あり、ときに有益な提言あり、ときに叱咤激励ありで、人気があります。このブログをご覧の読者の方々は、ぜひフォローを。

 ということで、A藤より『自分イノベーション』のご紹介でした。
 もう1冊の『ロングトレイルという冒険』につきましては、別途担当編集A山より、ご紹介させていただきたきますので、ヨロシクA山!


2011年7月21日木曜日

『最終講義』3刷決定いたしました!

 ご好評をいただいております「生きる技術!叢書」ですが、内田樹先生の『最終講義』が売上ランキングに続々とランクインしております。

・三省堂書店神保町本店 1位(社会・人文 6/20~26)

・丸善丸の内本店 4位(人文・ノンフィクション 6/23~29)

・リブロ池袋店 5位(人文 6/23~29)

・ブックファースト梅田店 1位(人文 6/27~7/3)、8位(総合 6/27~7/3)
             
・ブックファースト西宮店 5位(総合 7/11調べ)

 こうしたご好評の後押しを受けて、『最終講義』の3刷が決定いたしました。みなさまのご愛顧に感謝いたします!

 品切れでご迷惑をおかけしております書店さまには、今月末に重版分が出来上がりますので、月内には出荷対応できる予定です。

 また、アマゾンさんはじめ、オンライン書店さんでも品切れ店舗が出ておりますが、こちらにつきましても、月内には出荷対応の予定ですので、よろしくお願いいたします。

 ちなみに、オンライン書店さんの在庫状況は、こちらでも確認できますので、ご活用ください。


 引き続きよろしくお願いいたします。

2011年7月12日火曜日

プリンストンでご近所の公共哲学について考える Vol.2

スティーヴン・マセド教授に聞く、ご近所の公共哲学!
小川仁志



──小川先生のプリンストンレポート第二回。今回は、いよいよ米国政治学の重鎮、スティーヴン・マセドとの対話です。どうやらアメリカにおいても、「ご近所」は重要な概念となりそうな気配が。


 拙著『日本を再生!ご近所の公共哲学』刊行を受けて、私の師匠プリンストン大学政治学部教授のスティーヴン・マセドと公共哲学について語り合いました。今日はその概要をご紹介したいと思います。

 軽く語り合ったと書きましたが、日本にいたらそう易々と話ができる人物ではありません。こちらでいうなら、いわば「マイケル・サンデルと語り合って来ました」というのと同じです。というのも、マセドはアメリカ政治学会の重鎮で、20数冊の編著書をもつ政治哲学の大家だからです。年齢も50代前半でサンデルと同世代です。休日短パンで部屋の整理をするマセドに時間を割いてもらい、いくつか質問をぶつけてみました。

『ご近所の公共哲学』を手にするマセド

 まず、そもそも公共哲学とは何か、政治哲学とどう違うのか尋ねました。マセドは、政治哲学のほうがより専門的で、一般の人にとっては距離のある学問ではないかといいます。そして公共哲学のほうが取り扱う対象が広く、より一般の人に広く開かれているというのです。たしかに私の今回の本も、幅広く問題を扱っています。

 学問としては公共哲学のほうが新しい感じがしますが、実はソクラテスの時代から人々が親しんできた「哲学」という学問は、公共哲学にほかならないというわけです。その意味では、公共哲学のほうがご近所の営みとしてはよりふさわしいといえます。マセドも「ご近所の公共哲学」という表現に賛同してくれました。

アメリカンドリームはご近所から始まる!

 そこで次に、ご近所は公共哲学の担い手として主役になり得るかどうか尋ねてみました。マセドがこの質問を聞いて開口一番口にしたのは、「学者はご近所について勉強が足りない」という興味深いセリフでした。ローカルレベルにおけるご近所の意義を軽視した結果が、様々な不公平を生んでいると、彼はいいます。とりわけ地域における公教育の意義や政治参加促進の意義を重視します。

 ちなみに、マセドのいうご近所は、生活圏において何らかの交流がある人を指しています。具体的には数十人から数百人規模だそうです。今こういう範囲のご近所でさえ、交流が減りつつあります。マセドもそのことを危惧していました。ご近所は主役になり得るかどうか。結局この問いに対する答えとしては、マセドの次の一言がすべてを物語っているように思います。「アメリカンドリームはご近所から始まる!」。なるほど……。

 さて、ではそんな潜在力をもったご近所は、悩めるアメリカ社会にどのような福音をもたらしてくれるのでしょうか。奇しくも来年は4年に一度の大統領選挙の年です。こちらではすでに戦いの火ぶたが切られています。オバマ政権の引き起こした経済低迷からの回復が最大の課題ですが、そのほかにも懸案の国民皆保険問題や格差問題など、多くの難題が争点になっています。

 マセドは政治にはお金がかかるといいます。これは何も政治活動のことではなく、社会を運営するには税金がいるということです。しかし、アメリカでは個人主義が根強く、どうしても思い切って税金を上げることができません。国民皆保険が実現できないのもそれが理由です。それどころか財政難を理由に、公教育のための予算など、削ってはいけないものまで削られ始めているのです。

 基本的にマセドはリベラリズムの立場をとるため、個人主義そのものを批判しているのではありません。問題なのは「極端な」個人主義です。したがって、「ご近所」はアメリカでも、極端な個人主義が引き起こす問題を解決する鍵になりうるといいます。

助け合い、秩序、美徳が自信を取り戻す鍵に

 最後に、今日本の置かれた厳しい状況について、マセドの見解を聞いてみました。まず失われた20年と呼ばれる経済低迷については、高齢化を止めるための有効な手を打たない限り解決は難しいと見ているようです。この点アメリカは移民を受け入れているため、問題ないのです。

 そして何より自信を取り戻す必要があるといいます。たしかに日本人は、長い経済の低迷のせいで、個別の問題を解決する以前に、一番大事な気力を失っているかのように見えます。逆説的ですがマセドは、震災の際見せた日本人の助け合いや秩序、あの美徳が自信を取り戻す鍵ではないかといいます。これは重要な指摘であるように思います。

 さらに原子力発電所の問題についても言及してくれました。アメリカにも同様の問題があるからです。マセドは三つの事項について再構築を求めます。つまり、透明性確保の方法、安全性基準、政府の管理体制です。これらについても、直接影響を受けるご近所のかかわる余地が大きいといいます。

「ご近所の力」は日米共通のキー概念に

 マセドとの対話は時折道をそれながらも1時間ほど続きました。彼には『リベラル・ヴァーチューズ Liberal Virtues』という著書があります。コミュニティによって育まれる徳こそが社会の問題を解くカギであり、それは個人を尊重することと決して矛盾しないという主張です。これは、ご近所が生み出す底力こそが社会の問題を解決するという、『ご近所の公共哲学』の主張に相通ずるものといえます。どうやらマセド教授のもとで進めるアメリカでの研究は、『ご近所の公共哲学』の延長線上にあるといえそうです。

2011年7月8日金曜日

本屋さんの店先で  Vol.4

 
「生きる技術! 叢書」ご好評いただき、ありがとうございます。
創刊第1弾につづきまして、7月28日には2タイトルの発売が決まりました! 
 
詳しくはまたこのブログや編集部twitter、または小社ホームページでもお知らせしますので、いましばらくお待ちください。また、メディア掲載情報も告知していく予定です。 
 
 
さて、本日の書店様は、大垣書店イオンモールKYOTO店様。
大々的に展開してくださっています。
水戸黄門と助さん角さんのような並びです。このうらにはもしドラ!
 
フェア展開をしてくださっている書店様もおおく、編集部一同、うれしはずかし、ちょっとドキドキしております。

2011年7月5日火曜日

プリンストンでご近所の公共哲学について考える Vol.1

小川仁志


──『日本を再生!ご近所の公共哲学』の著者、小川仁志先生は、現在米プリンストン大学に赴任中。そのプリンストンでの研究の日々を、これから数回に渡って先生にレポートしていただきます。その第一回目、まずはイントロダクションということで。



  拙著『日本を再生!ご近所の公共哲学』をご愛顧たまわりまして、誠にありがとうございます。本来であれば、この本について日本中を飛び回ってお話しした かったのですが、今私はアメリカのプリンストン大学にて在外研究を行っています。そこでこのブログでは、本の内容とかかわらせながら、アメリカでの研究生 活を数回にわたってレポートしたいと思います。

 そもそも私がここプリンストン大学に来たのは、共同体の倫理について研究するためでし た。ヘーゲルの共同体論で博士論文を書いた後、あまりまじめに研究をしてこなかったのですが、欧米の政治哲学に関心を広げて以来、再び真剣に研究をしたく なったのです。そこで色々調べた結果出くわしたのが、プリンストン大学のスティーブン・マセド教授による『リベラル・ヴァーチューズ Liberal Virtues』という本でした。


著者のアメリカでの師匠、スティーブン・マセド

 ヴァーチューというのは「徳」という意味です。面白いことに、マセドは個人を重視するリベラルの立場からヴァーチューの重要性を訴えているのです。というのも、通常ヴァーチューは、共同体の中で育まれ、共同体を重視する人たちが主張するものだからです。
 たしかに世の中は、一人ひとりの個人を中心に考えなければなりません。しかし同時に、今の世の中にはヴァーチューが求められています。実は『ご近所の公共哲学』もそうした問題意識から書いたものなのです。ご近所の紐帯、そこで育まれたヴァーチューが日本の危機を救う鍵を握ると考えたからです(共同体の大切さについては、特に「第3章 流行りの共同体論」をご参照ください)。

 このようなことから、個人の自由とヴァーチューをうまく結びつけているマセドの考え方に、私は関心をもつようになりました。そこからは持ち前の行動力の出番です。メールを送ってアポを取りつけ、アメリカに乗り込んで彼に猛アタックしました。そこでの努力が今年度の在外研究に結実したのです。何しろプリンストン大学はハーバードと並ぶ超有名校です。そんなところに客員研究員として在籍できるのは実に光栄なことなのです。

 たとえば私の所属するヒューマン・バリュー・センターのディレクターは、チャールズ・ベイツです。コスモポリタン・リベラリズムの立場から、ジョン・ロールズの『正義論』をいち早く批判した人物です。正義が国家を越えて実現されるべきことを訴えました。最近は同様の立場から人権について論じています。

チャールズ・ベイツと、彼の研究室で

 コスモポリタンといえば、まさに『コスモポリタニズム Cosmopolitanism』というタイトルの著書をもつK・アンソニー・アッピアもヒューマン・バリュー・センターに所属しています。彼も小説を書いて賞を獲ったりしている世界的に有名な哲学者です。
 このコスモポリタニズムについては、『ご近所の公共哲学』の中でも、「第8章 地球サイズの公共性」にて論じていますので、ぜひご覧ください。ちなみにこの章では環境倫理についても触れていますが、今世界で最も有名な環境倫理学者といえば、ピーター・シンガーの名を挙げることができると思います。なんと、シンガーもヒューマン・バリュー・センターに所属しているのです。しかも、私は彼の部屋の一部を使わせてもらっています。もう毎日が感激で一杯です。

 感激といえば、これはプリンストン大学の話ではないのですが、宗教学者のレザー・アスランと友達になれたのは、こちらに来て最も嬉しい出来事の一つでした。アスランについては、『ご近所の公共哲学』の「第7章 差異と対立に満ちた社会」で触れていますので、ご参照ください。テレビでも売れっ子の若手知識人です。もちろんイケメンです。


イケメンのアスランとツーショット

 さて、このように恵まれた環境で研究を始めたわけですが、やらなければならないことは山のようにあります。他方でアメリカでは、次々と大きな問題が生じてきます。ビンラディンの殺害、大物政治家のスキャンダル、同性婚の合法化……。アメリカにいる限り、それらについても考えないわけにはいきません。まさに公共哲学の問題だからです。
 アメリカで考えたことも今後どこかでお伝えする機会があるかと思いますが、それを楽しんでいただくためにも、まずは『ご近所の公共哲学』を手にとっていただけると幸いです。

 次回は私の師匠、スティーヴン・マセドと考える公共哲学をレポートしたいと思います。お楽しみに!

2011年7月4日月曜日

内田先生、釈先生よりメッセージが届きました

内田樹先生、釈徹宗先生より、それぞれご自身の新刊につきまして、読者のみなさまへのメッセージをいただきました。すでに本をお買い上げになられた方も、これからの方も、ぜひご覧ください。



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内田先生よりみなさまへ

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釈先生よりみなさまへ